離婚後、あえて親権を争わないアメリカの親

皆さま、こんにちは!

記事をご覧頂き誠にありがとうございます!

当ブログ管理人のシンカーです!


私は高校を卒業するまでアメリカで過ごし、
高校卒業後は日本の大学に進学し、現在は日本
の会社で働いている日系2世のアメリカ人です。

当ブログでは主に…

暗号資産投資、リップル、XRP、投資全般

…についての記事を配信していますが、たまに
アメリカの文化やアメリカでした経験に関する
記事の配信もしています!


今回の記事では、下記のツイートの内容を
掘り下げていきます。

アメリカ人の離婚観

ご存知の通り、アメリカは結婚した夫婦の
半数近くが離婚をする離婚大国です。

離婚が多いアメリカでは、離婚に対応する
ための術や様々なノウハウが多く蓄積
されています。

アメリカでは離婚に対するハードルが他国と
比べて相対的に低いかもしれませんが、
絶対的に見れば離婚は当事者にとって多くの
ストレスを強いる出来事であることには
変わりありません。

離婚をした際に一番の課題となるのが、
(子供がいる場合)親権の問題では
ないでしょうか。

アメリカの親も離婚をする際は親権に関して
非常にナーバスになります。

しかしアメリカでは離婚文化が進んでいる(?)
ためか親権問題に対する独自のユニークな
解決法があります。

それは..

いっそのこと親権を争わず親権を共有する

…という方法です。

つまり親権を共有するということです。

戸籍上は離婚をしていても、親権は特に
争わず、親権を元夫婦間で共有するという
ような考え方です。

もちろん、全ての離婚をした夫婦がこのような
方法を取っているわけではありませんが、
アメリカでは上記の考え方が広く一般に浸透
しています。

どういうことなのか、イメージが
掴みにくいと思いますので、実際の事例を
深掘りしていきたいと思います。


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高校時代の親友・ボブ君

私にはボブ君という親友がいます。

中学生の頃から仲が良く、お互い社会人
となった今でも交友が続いています。

何をするにも一緒、授業中はずっと隣同士、
履修登録をする際はできるだけ一緒の授業を
受講できるよう、履修登録の際擦り合わせを
していました。


ボブ君の両親は彼が小学生の時に
離婚をしていました。

離婚の理由はすれ違いによるもので、
泥沼の末の離婚ではなかったので、以前の記事
でも紹介したように、元夫婦間で交友関係が
続いていました。

ボブ君の母親は再婚しており、父親には彼女が
いました。

度々両カップル同士でダブルデートにも
行っていたらしいです。

離婚をした元夫婦が交友関係を続けるという
事象はすでに中学生の時から何度も見たり
聞いたりしてきたことなので、特に気に
なりませんでした。

こちらの記事のことを指しています アメリカでは離婚後も交友関係を続ける人が多い!?

しかしボブ君の両親と上記の記事に登場した
フェルナンド君の両親とでは、決定的に違う
点が一つありました。

ボブ君とは朝、学校が始まる前にいつも同じ
場所で集合して一緒に通学をしていました。

ボブ君はその集合場所まで親に車で送って
もらっていたのですが、日によって母親が
連れてくる日と父親が連れてくる日が
ありました。

ボブ君の両親が離婚をしていることを
知っていたのでとても不思議でした。

「(離婚をしているはずなのになぜ両方の親に
車で送り迎えをしてもらっているんだろう)」

…と。

「(そもそもどっちの親と一緒に住んで
いるんだろう?)」

…と不思議に思っていました。

フェルナンド君の場合は母親としか一緒に
住んでおらず、父親は遠くの別に場所に住んで
いましたが、ボブ君の場合母親と父親は互いに
近所に住んでいました。

「(離婚後関係も良かったし、
交代で送り迎えをするというような
取り決めでもしているのかな?)」

…と推測していました。

そんな折、決定的な出来事が起きました。

ボブ君とは非常に仲が良かったのですが…

「(あれ?そういえばボブ君の家に遊びに
行ったことがなかったな…)」

…とある日ふと気付いたのです。

それまでは特に意識をしていませんでしたが、
初めて知り合った中学1年生の頃から
高校1年生に至るまで、大親友なのに一度も
彼の家に遊びに行ったことがなかったのです。

なのである日ボブ君に…

「そういえばさ、ボブ君の家に今まで行った
ことなかったよね?今度遊びに行って
もいい?」

…と尋ねてみました。

大親友だしきっと快諾してくれるだろうと予想
をしていましたが(おこがましい笑)、ボブ君
は表情を濁らせながら…

「ん〜」


…と微妙な反応を見せました。


「(あれ?もしかして訳ありかな?
聞くべきじゃなかったかな..)」


…とその反応を見た私は心配に
なってきました。

少し考え込んだ後、ボブ君はこう答えた…

「今週はずっとお母さんの家だから、ちょっと
難しいかな」

「お母さんは家に来客が来るのを嫌がるんだ」

「来週お父さんの家の週だから、
来週ならいいよ!」


…私はそれに対して…

「(え!?今週はお母さんの家?来週は
お父さんの家?まさか毎週毎週両親の家を
行き来しているのか!?)」

…とちょっと頭の中で混乱しました。

なので彼に単刀直入に…

「お母さんの家とお父さんの家を
行き来しているの?」

…と聞いてみました。

そうすると彼は特に躊躇することなく
こう答えた。

「そうだよ!一週間毎に入れ替わるんだよ」

「毎週日曜日の夕方に移動しているんだけど、
親が離婚してからずっとこの生活」

「大変だけど部屋が二つあるし今はもう
慣れたんだ」


その時私は初めてボブ君の生活の実態を把握
しました。

彼には家が二つあり、部屋が二つあるのです。

そして毎週決まった日時に母親の家と父親の
家を行き来していたのです。

ボブ君の両親はあえて親権争いをせず、親権を
文字通り共有していたのでした。

毎週引越しが余儀なくされるので、負担は
大きいですがいくつかメリットもあります。

例えばこの方法を取れば、両親が離婚を
していても子供は母親と父親双方と平等に
関係を継続できます。

父親と母親は子供を迎えに行く際に
コミュニケーションが取れるので、親同士も
ある程度の交友関係を継続できるのです。

賛否両論あるシステムだとは思いますが、
離婚大国アメリカだからこそこのような離婚の
ダメージを最小限に留めるノウハウが蓄積
されているのではないでしょうか。

私は次の週ボブ君の父親の家に遊びに
行きました。

ボブ君の父親の家は豪邸でした。


「(こんなに良い家に住めるのに母親の家に
部屋がもう一つあるなんて贅沢!)」

…なんて思ってしまいました。

ボブ君の部屋に行くと、ある程度予想はして
いましたが、モノが非常に少なくいわゆる
ミニマリストな部屋でした。

無理もありません、彼は毎週家を移動している
ので各部屋には最低限のものしか置いて
いなかったのです。


また、日用品や衣類、大切なものは移動をする
際に忘れないよう常にリュックやカバンに収納
しておくことで、ボブ君は移動しやすい環境を
自然と整えていました。

私はボブ君の生活の実態を知り、彼に…

「毎週移動するの大変じゃない?」

「落ち着かないと思うし、荷物も常に移動
させないといけないし」


…と尋ねた。

その質問に対し彼は…

「最初はすごく大変だったよ…

なんで毎週引っ越さないといけないの
かが分からなかったし、そもそも親が
離婚をしなければこんなめんどくさいことも
しなくてもいいのにと親を憎んだことも
あったよ

だけど前も言ったように今はもう慣れたよ!」

大変だしめんどくさいけどお父さんと
お母さん両方と一緒に生活できるし、二人とも
世界で唯一の親だからね、今じゃもうどちらか
としか住まないなんて考えられないよ

…と答えた。

ボブ君の返事を聞いた私は何とも感慨深い
気持ちになりました。

どんな事情があるにせよ、親が子を思う
気持ち・子が親を思う気持ちは普遍的なのだと
感じました。

私はその週以降、隔週でボブ君の父親の方の
家に遊びに行くようになりました。

ボブ君が母親の方の家に移動した週は遊びに
行けなかったので少し寂しかったですが、
父親の方の家に移動すると毎日のように遊びに
行っていました。

遊びに行く回数が増える度にボブ君の父親とも
仲良くなり、とても可愛がってくれました。

彼はとても気さくな良い人で、自分の息子で
あるボブ君のことをいつも可愛がっていて、
心の底から息子を愛しているのが
分かりました。


ボブ君の父親はきっと、息子とできるだけ
一緒に時間を過ごしたい、息子と少しでも
一緒にいたいと思っていたのでしょう。

一生忘れられない光景

私がある日ボブ君の家に遊びに行った時に見た
光景がとても印象的で今でも脳裏に焼き付いて
います。

その日は日曜日でした…ボブ君が母親の家へ
引越しをする日です。

その日私は朝からボブ君の父親の方の家に
遊びに行っていました。

16時過ぎにボブ君の母親が車で迎えに
やってきました。

玄関口でボブ君の両親は楽しそうに談笑
をしていました。

とても離婚をした夫婦には見えないほど
楽しそうに談笑をしていた。

そして荷物の支度が終わったボブ君は玄関に
やってきました。

ボブ君は最後に父親にお別れを言って、母親と
ともに車に乗って去っていきました。

私はまだ帰り支度をしていなかったので一度家
の中に戻り、持ってきたゲームソフトなどを
片付け、すぐに帰るつもりでした。

片付けている合間にふと視界にある光景が
入ってきました。

それはリビングのソファーでうなだれるボブ君
の父親の姿でした。

いつもニコニコしていて、テンションの高い
ボブ君の父親の目には生気が感じられず、
ただただ部屋の一点を見つめ無表情でした。


その姿が今でも脳裏に焼き付いていて、時々
ふと思い出すことがあります。

寂しさや悲しさを超越してそこにあったのは
虚無でした。

私はその時に高校生ながら考えた…

「(一週間経てば会えるのになんであんなに
寂しそうなんだろう?)」

…と。

しかし今思い返すと当時の私の考えは稚拙で
未熟なものでした。

この出来事を何度も回想していくうちに
こう思うようになりました…

「(一週間も自分の最愛の息子と会えない
それは彼に取って永遠に感じるほどの苦しみ
なのかもしれない)」

…と。

まとめ

前述したようにアメリカは離婚大国で、結婚を
した夫婦の半数近くは結果的に離婚をして
しまいます。

故にアメリカ人の結婚観、家族観は崩壊して
いるのではないかと非難されることも
あります。

しかしアメリカ人も一人一人感情を持った
人間です。

子を思う気持ちや親心は国境や文化に規定
されるものではないのかもしれません。


親が子を思う気持ちは万国共通であり、時代や
文化を超越した普遍的なものであって
ほしいですね。

今回の記事はこれで以上となります。

最後まで読んでいただき誠に
ありがとうございました。